出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/19 08:47 UTC 版), 京阪電鉄自身は京都市営地下鉄東西線に直通運転しているが、関西大手5私鉄の中で唯一他社局からの直通運転がない[注釈 9]。ただし、過去には京阪線で近鉄京都線(旧奈良電気鉄道)と相互直通運転を行っていた。, 京阪線用車両においては、車体製造後35年以上を経過した車両が全体の約半数を数える状態であるが、高水準の車両の保守技術をもって大きなトラブルもなく運用されている。1959年から製造された2000系の車体および一部機器を流用した2600系0番台は今なお少数が現役であり、製造から50年またはそれ以上が経過した2200系や2400系、旧700系の車体流用車である1000系、多扉車の5000系は今でも幅広く運用されている。, 日本でも希少のダブルデッカーを連結した京阪特急専用車をはじめ、日本初の多扉車となった5000系、ホームドア付き地下鉄区間から急勾配急カーブの連続の山岳区間に大津市内の併用軌道といった極端に性格の異なる区間の直通運転に対応して設計された800系(2代)など、個性的な車両が多い関西私鉄の象徴的存在として知られる。1954年から2013年まで特急専用車両に設置されたテレビカーは、日本初ではなかったものの、登場当時はとても斬新な接客設備であった。, 京阪電鉄においては、以前は単一車両の形式呼称に「型」を使用していたが、鉄道事業法の施行の際に監督官庁への届出様式に従って「形」に変更している[54][注釈 10]。また、車両竣工図表などの社内の公式文書では創業時に「号型」という呼称も使用され、京阪1000型電車 (2代)まで(「型」との併用が)確認できるという[55]。形式は京阪線が4桁または5桁、大津線が3桁の数字のみで、「モハ」「クハ」「サハ」といった記号は使われていない。, 車体は、以前は日本車輌、ナニワ工機(1970年にアルナ工機に改称、のちのアルナ車両)、帝國車輛工業(のちの東急車輛製造、現在の総合車両製作所)、田中車両(およびその後身の近畿車輛、戦後は大津線区のみ)、日立製作所(初代鋼索客車・大津線の260形の一部)製もあったが、2400系以降の新系列車は川崎重工業製である。6000系以降の車体は8000系ダブルデッカー車や800系(2代)をのぞいてアルミニウム合金製となっており、京阪が営業する路線内においてはステンレス合金製車体の車両は一切走っていないことも大きな特徴である[注釈 11]。, 電装品は一部の例外(350形では日立製作所の電装品も使用)をのぞき東洋電機製造製が一貫して用いられているが、これは同社が京阪出身者などによって創設されたという経緯によるものである(戦後高性能車の一部には三菱電機製WNカルダンを使用した時期もあり、1900系の一部において使用されていた。なお同社は現在はクーラーと換気扇で採用している)。加えて、阪急京都線の車両が東洋電機製造の電装品を用いているのもこれに由来する。なお京阪や阪急京都線以外で電装品をほぼ東洋電機としているのは京成電鉄(モーターは三菱製も多い)程度しかない。, 台車は川崎重工業と日本製鉄(旧・住友金属工業)から供給を受けている。川崎重工業とは吸収合併された汽車製造会社の時代から共同で台車の研究をおこなった時期があり、日本最初の空気ばね台車もそこから誕生した。ボルスタレス台車については、試用は行われたが曲線の多い同社線では性能が満足いくものではないとされ、採用は見送られた。, 2020年現在、VVVFインバータ制御車は全704両中270両を占めており、関西大手私鉄では最もVVVF車の比率が少ない。, 6000系以降は編成の両端に動力車が来るようにしているが、同系列と8000系・10000系は編成の両端に固めている一方で、7000系・7200系・9000系・3000系(2代)は京浜急行電鉄と同様に編成の両端と中央に配置している。, パンタグラフは京阪線・大津線ともに東洋電機製造製で、3000系(2代)にシングルアーム型の「PT-7163A」、それ以外は下枠交差形の「PT-4805A」と、その改良型[注釈 12] が使われている。大津線系統では、京都市営地下鉄に乗り入れる800系に「PT-7201」シングルアーム型を、それ以外は「PT-4303A」を採用している。シングルアーム型に関しては、1971年に2000系の2000型にフランス・フェブレ社製のシングルアーム型を日本で初めて試験的に装着したが、採用には至らなかった[56]。, 車掌スイッチは3000系、10000系と13000系以外は乗務員ドア上部に設置されている。スイッチは握った手が滑り落ちないよう「逆T字型」になっていて、客用扉を開扉するときはスイッチを上から下へ引き出す。閉扉するときはスイッチを下から上へ押し戻す。この形の車掌スイッチは関東の大手私鉄では採用されていない[注釈 13]。ただし、ワンマン改造がされた大津線の600形、700形はスイッチの形・設置場所が異なる。3000系、10000系と13000系は乗務員ドア横の胸の位置位に設置されている。, また安全装置としてデッドマンブレーキを標準装備、京阪線では自動列車停止装置 (ATS) も京阪型速度照査ATSと2015年度から順次使用しているK-ATSの両方を搭載、列車防護無線の設置が進み、ホームの無い場所で誤開扉を防止する「ホーム検知装置」の搭載が大津線では2017年3月に完了、京阪線でも3000系・10000系・13000系に搭載が完了し、6000系・8000系に順次搭載が進んでいる。また、旅客乗降時に列車が動かないようにする「転動防止ブレーキ」の搭載が大津線では完了、2021年度中に京阪線の全車両にも搭載される。その他、すべての編成にドライブレコーダーが搭載されている[57]。, 京阪本線香里園駅から1kmの場所に京阪が勧請した成田山大阪別院明王院があり、全車両に成田山の御守が飾られている。京阪本線の車両の先頭と後方を北と南にすると、御守は北東と南西の方向に設置されている。これは鬼門と裏鬼門から遮断するために設置されたという一説もある。ただし、鋼索線には石清水八幡宮の御守が飾られているが、これは鋼索線のある男山の山頂に石清水八幡宮が鎮座することによる。, 一部の車両では「ばねで跳ね上がるタイプの吊り手[注釈 14]」をドアスペースに設置している(「つり革#ドアスペース上のつり革」を参照)。, 編成両数は宇治線・交野線・京津線が4両、石山坂本線が2両に統一されているが、京阪本線・中之島線・鴨東線では8両と7両が混在している。一般車の8両編成車には、運転台窓の進行方向右側に、緑地に白抜き文字でそれを示す「8」ステッカーが貼られている。これは中書島駅 - 七条駅間でホーム有効長が7両のため8両編成の旅客扱いが不可能な駅があり、運用上の識別の目的で貼られているものである。なお、8両編成の旅客扱いが不可能な駅に通常は停車しない特急車および3000系(2代)には貼られていないが、8000系のダブルデッカー組み込みの過渡期には、両数の識別上、ダブルデッカー組み込み済み編成に貼られていたことがある。また、2016年9月からプレミアムカー改造に伴い一部編成が7両化されていたため、再び8両編成には「8」ステッカーが貼られていた。, 京阪線系統用車両の塗装は2008年の3000系(2代)投入を皮切りに、2013年6月までに全車の新塗装化が施行された。「車両カラー」の節を参照のこと。, ラッピング車両は石山坂本線用車両で盛んに行われている。2006年からは不定期に交野線(年にっては京阪本線・石山坂本線)で、「きかんしゃトーマス」のラッピング列車が運行されている。主に支線用の10000系にラッピングが施されており、2018年までに8回にわたり運行された[注釈 15]。, 下記のうち2600系0番台・2200系が老朽化で、5000系はホームドア設置に向けた対応で廃車が開始されており、外された部品の一部は2400系・10000系・13000系で、5000系のパンタグラフや台車は叡山電鉄で再利用されている。, また列車運用面から省エネを図るため電力回生率の高い車両を高効率で運用すべく、かつては2200系回生ブレーキ車を8連から7連に、近年では7連で運用された6000系を8連に戻して、回生ブレーキの電力回生効率の高い7200系・9000系の一部を8連から7連に減車し、両系から減車された車両を同じく電力回生効率の高い10000系に編入させ、同系の一部を4連から7連に増車させて京阪線全線で運用している。, 2003年の2600系の編成替えで6両編成が廃止され、大手私鉄昇格時にはすでに6両編成を有していなかった相模鉄道に次いで6両編成を所有していない2社目の大手私鉄となった。, 2014年(平成26年)からは8000系を皮切りに京阪線・大津線の在来車各系列の前照灯がLEDに改造[58] され、在来車のLED化改造が進行していたが、2018年(平成30年)9月に5000系シールドビーム車の廃車と2600系の2601F, 2633FのLED化改造を最後に京阪線全編成のLED化改造が完了しシールドビーム車が消滅した[注釈 16]。, 車内の自動放送設備は8000系、新旧3000系、10000系、13000系、および大津線用車両にのみ装備され、本線系統においては装備する系列の快速急行以上の種別での運用にのみ使用されている他、近鉄などと同様にタブレット式による多言語自動放送も京阪線全車両に導入されている。また、6000系以降の新造車では開扉時の自動放送と閉扉時の発車ブザーが設置されており、現在では2600系を除く全車両に標準装備されている。, 特記なければ、主に京阪本線・中之島線・鴨東線(本線系統)で運用、車体塗装は2008年から採用の新塗装。, 以下の車両は、かつて営業用として運用されていたが、現在は寝屋川車庫内で「機械扱い」で使用されている。, 現在京阪では貨物輸送は行っていないが、1913年(大正2年)7月4日から1955年(昭和30年)6月25日まで、約42年間貨物営業を行っていた。, 現在は保線車両などは機器扱いで車籍はないが、初代3000系特急車導入のため、それまで貨車が使用していた3000番台を1970年11月末で3桁に改番された時点では、大津線に122形が1両が配備されバラストの輸送などに1997年の1500V昇圧まで使用された。京阪線では無蓋貨車の101-151-111 102-152-112 103-153-113 と固定編成化され運用された、ほかにも事故発生時の補修機材を搭載した有蓋貨車の121、移動変電所の181-182が配属されていた。しかし、この時期マルチプルタイタンパー、バラストクリーナー・軌道モーターカー・ダンプトロリーなどの保線機器が導入され、1979年3月に 101F・102F が廃車となった。103Fはバキュームカーを搭載して大阪地下線内での汚水処理に運用され1983年12月の昇圧で121号、移動変電所181-182とともに廃車となった。, 京阪線1500V化に併せて2代目101-151 111の3両が1300系・1800系の車体と1700系の床下機器を利用して製造された。101-151は寝屋川車庫に配置され大阪地下線での事故発生時の救援車両だけでなく、151の荷台にバキュームカーを搭載して大阪地下線内での汚水処理に運用を引き継いだ[60]。111は京都地下線での大規模事故発生時に救援車となるために淀車庫で待機しており、定期点検のために淀車庫 - 寝屋川工場間を2600系に引かれて走るのがまれに見られた[61] が、保線機器の充実で運用が見直され3両とも2001年末で廃車にされた。大津線に残った122も1997年10月の大津線の1500V昇圧に伴い廃車となった。, 列車種別は種別表示器(方向幕)のほか、先頭車両前面の前部下部標識灯で識別できる。点灯パターンは以下のとおり。, 2008年4月に、同年5月から2012年にかけて、大津線・鋼索線をのぞく既存の京阪線全車両の塗色変更を行うことが発表され[62]、予定より若干遅れた2013年6月に変更が完了したことが発表された[35]。, 塗色変更時には京阪電鉄が新たに制定したCIロゴが先頭車の前面中央と側面運転台扉上部などに貼付された。なお、これと合わせて塗色未変更車にも順次同様のロゴが貼付された。, 最初に塗色が変更されたのは7200系7201編成で、2008年5月23日から運用を開始している[63]。変更の際に車両番号の書体も変更された。, また同年6月30日には、8000系8008編成が、特急の新塗色の第一弾として運行を開始している。変更の際には、車両番号の書体の変更のほか、シートモケットの変更が行われた。ただし当初新塗装化が予定されていた初代3000系に関しては、8000系30番台に改番後、旧塗装のまま2013年3月をもって運行を終了した。, なお、大津線車両および鋼索線の1・2号については変更ないが、これらについても京阪の新CIロゴが貼付されている。その後2017年3月13日には、大津線車両についても同年4月から2021年3月にかけて、先に全車が塗装変更された京阪線の一般車両塗装への変更を行うことが発表された[64]。, なお、寝屋川車庫の教材車である2615号と2820号の2両に関しては2017年9月現在も旧塗装のままである[65]。, 初代3000系引退後、京阪で唯一旧特急色を纏っていた[注釈 18]鋼索線2代目1・2号は2019年6月19日から車体塗装がそれぞれ新塗装の「あかね」「こがね」に変更された。これにより、京阪から旧特急色が完全に消滅した[注釈 19]。, 京阪電気鉄道のページの著作権Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。, ビジネス|業界用語|コンピュータ|電車|自動車・バイク|船|工学|建築・不動産|学問文化|生活|ヘルスケア|趣味|スポーツ|生物|食品|人名|方言|辞書・百科事典, 社章は、2016年現在も運転士・車掌の制帽や大津線(石山坂本線)の鉄道車両で使われている。京阪線では2600系以前の車両に設置されている拡声器や冷房用の回転グリルに社章が残っている。, 阪急の労働組合が8年後に刊行した『斗いの記録 組合十年史』(京阪神急行電鉄労働組合、1957年9月10日)には、「太田恒社長はひとりで基本線…新京阪線を阪急が取る代償として、京阪電鉄をスッキリとした形で復活させる…」とある, 会社としての発足順では14番目の大手私鉄である。ただし、この当時は「大手私鉄」という区分は存在せず、使用されるようになったのは1952年以降である(, 1000系と2600系は4805A-M、6000系から4805B-M、7000系以降は4805C-M、10000系と13000系・2400系前期型では廃車になった2600系のパンタグラフを改造したPT-4805A-M改, 関東の大手私鉄の車掌スイッチの大半は乗務員扉内側の脇にあり、スイッチを下から上に操作すると客用扉が開き、逆の手順で扉が閉まる。, 京阪線では本線用の7000系・7200系・3000系(2代)、8000系に、大津線では石山坂本線用の600形・700形に施行実績がある。, ただし2600系0番台車の中間にある先頭車のシールドビームは交換されず存置されている。, 1959年(昭和34年)に登場した2000系を改造した2600系0番台が現在も運用中であり、車体履歴に関しては2600系0番台が最古である。, ただし、石山坂本線では一時期「大津線100周年」を記念して600形1編成が期間限定で旧特急色を纏っていた。大津線では旧特急色の車両は急行・準急に使用されていた。, 厳密には土・日曜日、国民の祝日・休日、12月31日、1月2日、1月3日、土曜・休日ダイヤ実施日, 2011年当時の大手私鉄で最多の列車種別数は2010年にこれまでの9種別より1種別を廃止したものの、逆に2種別増加した京成の10種別。京成も2015年に1種別廃止されたため現在は阪急と同一の9種別である(ただし阪急では臨時運転の直通特急を、京成では臨時のシティライナーを入れるとそれぞれ10種別となる)。西武は2012年に1種別廃止され一旦は8種別となったが2017年に, 2018年4月現在、残った2番線と3番線は番線の数字は繰り上がらずに今に至っている。, 行き先表示で「淀屋橋」の前に「大阪」が付けられる場合があるが、正式駅名は「淀屋橋」である。また、中之島駅の副駅名は「大阪国際会議場」である。他の関西の大手私鉄では、冠称として「大阪」を付けた駅(阪急の, 第4期決算公告、2019年(令和元年)6月20日付「官報」(号外第42号)253頁。, 出典:「鉄道ピクトリアル」1969年12月号p.24, 25『江若鉄道始末記』・「鉄道ピクトリアル」1973年7月増刊京阪電気鉄道特集号pp.35 - 38『京阪電気鉄道と琵琶湖・叡山の開発』, 村岡四郎追懐録刊行会編『村岡四郎さんの思い出』京阪電気鉄道、1976年、p.75, 204。, 出典・若林正博「京阪六地蔵線、新京阪山科線と名古屋急行-行政文書から探る昭和初期の鉄道計画-」『京都府立総合資料館紀要』第43号、2015年、pp.158 - 251, 井上廣和・藤原進『日本の私鉄 京阪』保育社〈カラーブックス〉、1999年、p.148, 出典・「京阪グループ開業110周年記念誌 - 最近10年のあゆみ 2010-2020 -」2020年11月1日京阪ホールディングス株式会社発行 62頁「2D型踏切障害物検知装置の導入」, 出典・「京阪グループ開業110周年記念誌 - 最近10年のあゆみ 2010-2020 -」2020年11月1日京阪ホールディングス株式会社発行 61頁「ドライブレコーダーの設置」・巻末年表170頁, 出典・『鉄道ジャーナル』2004年8月号のpp.96 - 99の「京阪の都心乗り入れと中之島高速鉄道」より, 国土交通省鉄道局監修『鉄道要覧』平成28年度版、電気車研究会・鉄道図書刊行会、p.154, 出典 : 『京阪グループ開業110周年記念誌 - 最近10年のあゆみ 2010-2020 -』京阪ホールディングス株式会社2020年11月1日発行の61頁「車両の安全対策」と巻末年表170頁より, 出典・車両発達史シリーズ1「京阪電気鉄道」の『第11章貨車のあらまし』「第2節改善期以降現在までの変化」, 出典・『鉄道ピクトリアル』1991年12月増刊号p.63「本線上を走る京阪線の電動貨車」, 『くらしのなかの京阪』1991年8月号p.3に「京阪電車では、お盆期間中の8月14日(水)・15日(木)・16日(金)の3日間、京阪線のダイヤを土曜ダイヤで運転しますのでお知らせいたします。」の記述がある。, 「 」内は『村岡四郎さんの思い出』(京阪電気鉄道、1976年)pp.267 - 268より引用。, 独立行政法人国際協力機構第3回「協力準備調査(PPP インフラ事業)」に、京阪電鉄他2社の共同提案「ハノイ5号線整備事業準備調査」が仮採択!, 近鉄・京阪ICOCA連絡定期券、近鉄・JR西・京阪ICOCA連絡定期券 12月1日から発売, “大津線「ICOCA定期券」「ICOCA連絡定期券」の発売開始および接続駅の追加について〜平成29年4月1日(土)から発売開始〜”, http://www.keihan.co.jp/corporate/release/upload/2017-02-03_ICOCA-otsu.pdf, http://www.keihan.co.jp/corporate/release/upload/2017-02-03_ICOCA-keihan.pdf, http://www.sankei.com/smp/west/news/170510/wst1705100072-s1.html, 「大阪、京都、びわ湖を結ぶ京阪電車」のブランドイメージを統一 大津線車両のカラーデザインを変更します, 2019年10月1日(火)からの消費税率引上げに伴う旅客運賃の認可および改定について, 大津線における回数券の発売終了・利用終了および PiTaPa利用額割引サービス開始について, 淀駅付近立体交差化事業における上り線(京都方面行き)の高架化に伴い5月28日(土)始発から京阪線のダイヤを一部変更します, “【動画】6代目おけいはんは、スレンダーな書道女子 京都の18歳大学生「沿線の達人になるぞ!

地下鉄東西線のうち2009年3月まで京都高速鉄道が保有していた三条京阪駅 - 御陵駅間については、京阪は第二種鉄道事業免許を取得せず、通常の乗り入れという形式を取った。 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 京阪電気鉄道の中野道夫社長は、中之島線(天満橋-中之島)の延伸ルートについて、大阪市営地下鉄に九条駅で接続させる案を検討することを明らかにした。従来JR西九条駅を経由して大阪湾の人工島、夢洲(ゆめしま)対岸に新設する新桜島駅(仮称)まで延伸する案を検討してきたが、新案の方が延伸区間が短く整備費が安いため、最有力案になりそうだ。, 京阪は地下鉄との相互乗り入れを想定しているが、給電方法、電圧の違いや高架駅の九条駅につなぐ線路スペースをどう確保するかなどの課題があり、今後検討する。, 出典:https://mainichi.jp/articles/20170727/k00/00m/020/186000c, 社長自ら乗り入れに対して発言するとは…鉄道ファンから見ると実現可能性が疑問に残るところですが…, パッと思いつくのはこれですね。まぁこれは英国「ユーロスター」などでも実績があり、技術的にそう難しくはなさそうです。, また、現在はJR東日本で蓄電池車両というタイプも出ています。第三軌条シューを京阪本線で干渉しないようにしなければならない必要があり、またそこまで高速域を必要としない(~70km/h)中央線内であれば、蓄電池でも走行可能かもしれませんね。, 中央線の両脇には、阪神高速道路が走っています。仮に京阪が線路を接続するのであれば、この阪神高速道路を回避しないといけません。, 一番のネックはここ。大阪港~コスモスクエアを結ぶ「大阪港咲州トンネル」、コスモスクエア~夢洲とを結ぶ「夢咲トンネル」の2つの天地寸法が、京阪電車の高さをクリアできるかどうか…です。, もし問題がある場合、大阪港で折り返すことになります。しかしそれだとあまり直通させる意味が無いので、やはり夢洲まで直通させる必然性があります。, このうち全長は同じなので問題ありませんが、残る全幅・全高に違いがあります。特に京阪のほうが全高が高いのが問題です。, すなわちこれらの課題を解決するには「蓄電池車両・低屋根・蓄電池/架線両式」車両ならば実現可能…でしょうか?, パッと見、実現可能性が低そうにも見えますが、京津線の地下鉄乗り入れの為に8億もの費用をかけて「地下鉄・山岳・路面電車兼用車両:800系」を制作した京阪ならやりかねない…というのが私の感想です…笑, また、これがもし実現すれば、1960年代に大和田~高井田~森之宮で計画され、森之宮からは中央線に乗り入れを考えていた「京阪大和田線構想」から、半世紀を経て中央線への乗り入れが叶うことになります。胸が熱くなるな…, 京阪電鉄8000系車両にて運行している大人気のプレミアムカーを、3000系にも拡充する方針であると日刊工業新聞が報じています。 2020年までに導入す[…], 現在、京阪北浜駅がリニューアル工事を行っています。 改札からラッチ内。壁がレンガ調のものに変化しました 左がリニューアル後、右がリニューアル前の壁面。[…], 正午ごろに深草駅が「龍谷大前深草駅」に改名へ…をお伝えしましたが、同じタイミングで八幡市駅も「石清水八幡宮駅(いわしみずはちまんぐう えき)」へと改名[…], 大阪メトロのファンサイト「Osaka-Subway.com」や「鉄道ファンのクレジットカードのりば」などを運営。, 【悪質】近鉄公式Twitterのなりすまし、鍵アカウントにするも更に他人へなりすまし, 【憧れの】電車の運転手さんになるには?JR・阪急・公営交通…それぞれの現役運転士さんに聞いてみました. 下記のうち2600系0番台・2200系が老朽化で、5000系はホームドア設置に向けた対応で廃車が開始されており、外された部品の一部は2400系・10000系・13000系で、5000系のパンタグラフや台車は叡山電鉄で再利用されている。 また列車運用面から省エネを図るため電力回生率の高い車両を高効率で運用すべく、かつては2200系回生ブレーキ車を8連から7連に、近年では7連で運用された6000系を8連に戻して、回生ブレーキの電力回生効率の高い7200系・9000系の一部を8連から7連に減車し、両系から減車 …

「ノンストップ京阪特急」の愛称を募集します!ABCのラジオ番組「ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です」とタイアップして愛称を募集! もしくはJR東海のように、乗り入れ専用として低屋根車両を開発するか、ですね。 寸法差.

!」”, http://www.sankei.com/west/news/151105/wst1511050059-n1.html, “「おけいはん」の新シリーズを11月8日(木)からスタート“新おけいはん”は中川(なかがわ)可菜(かな)さんに決定!~今度のおけいはんは京都・東山の旅館の娘「三条けい子」です~”, https://www.keihan.co.jp/corporate/release/upload/2018-11-08_%E2%91%A2okeihan.pdf, 京阪電車旧3000系特急車(テレビカー)の引退日が決定! 京阪電車・富山地鉄・大井川鐵道で記念乗車券セットを発売&イベントを開催!, 今年もまた会える!交野線と大津線で「きかんしゃトーマス号2011」を運転します&今年は交野線が"きかんしゃトーマスとなかまたち"でいっぱいに!, 3月2日(土)から「きかんしゃトーマス号2013」の運転を開始します! 今回は4編成が登場&うち1編成のメインキャラクターは投票で決定!, 12月20日(土)から「京阪電車きかんしゃトーマス号2015」と「京阪バスダイレクトエクスプレス直Q京都号『トーマス直Q』」の運転を開始!, 京都伏見が舞台のアニメ「いなり、こんこん、恋いろは。」とコラボレーションした特製乗車券を発売!, “宇治線が舞台のアニメ「響け!ユーフォニアム」の関連企画を7月25日(土)から京阪線・大津線で展開します”, https://web.archive.org/web/20150717072454/http://www.keihan.co.jp/info/upload/2015-07-17_euphonium.pdf, “~宇治が舞台のアニメ「響け!ユーフォニアム」とのコラボレーション企画~ 「京阪電車×響け!ユーフォニアム 2018」追加企画を2018 年 7 月 14 日(土)から展開します”, https://web.archive.org/web/20180708025401/http://www.keihan.co.jp/corporate/release/upload/2018-07-05_uji.pdf, 京阪電鉄,「響け!ユーフォニアム」とのコラボフリーチケット(宇治線・大津線)を発売. 京阪電気鉄道株式会社のオフィシャルwebサイトです。 他社線からの乗換案内|駅・路線図(バスのりかえ)|電車・駅のご案内|京阪電気鉄道株式会社 京都市営地下鉄東西線は、御陵駅で京阪電鉄京津線に接続している。京阪の車両は太秦天神川駅まで乗り入れ(一部京都市役所前駅での折り返しあり)ているのに、東西線の車両は京阪線に乗り入れていない。これでは京都市交通局は”庇を貸し 京津線(けいしんせん)は、京都府京都市山科区の御陵駅から滋賀県大津市のびわ湖浜大津駅までを結ぶ京阪電気鉄道の軌道路線である。石山坂本線と合わせて大津線と総称される。, 起点の御陵駅から、逢坂山を越えて琵琶湖の近くにあるびわ湖浜大津駅までを結ぶ路線である。御陵駅から先は京都市営地下鉄東西線と直通運転しており、太秦天神川駅まで乗り入れているほか、終点のびわ湖浜大津駅では石山坂本線と接続している。これにより、京都市内中心部と大津市内を結ぶ都市間輸送の役割を果たしている。全線に渡ってJR東海道本線(琵琶湖線)と並行しているが、運賃、所要時間、運行本数面で京津線が劣っている。, 京津線は正式な起点を御陵駅としているが、列車運行および旅客案内ではびわ湖浜大津駅から御陵駅へ向かう列車が下り、逆方向が上りとされている[注釈 1]。四宮駅 - 上栄町駅間ではほとんどが国道1号に沿って走っている。御陵駅から逢坂山を越える大谷駅 - 上栄町駅間には61‰の勾配区間があり[2]、上栄町駅 - びわ湖浜大津駅間のほとんどは併用軌道となっている。びわ湖浜大津駅では接続する石山坂本線とホーム・線路を共用している。全区間が軌道法の適用を受けている。軌道運転規則では列車長が30m以下と定められているが、京津線では4両編成の電車(1両あたり16.5m)が併用軌道区間を走ることが特例として認可されている。, かつては御陵駅より西にも併用軌道を交えた区間があり、京阪本線と接続する三条駅(のちに同線から分離して京津三条駅と改称)を起点として三条駅 - 浜大津駅間を結んでいた。また、蹴上駅付近では碓氷峠並みの66.7‰の急勾配[2] を越えていた。1997年10月12日に御陵駅以西を廃止し、地下鉄東西線へ乗り入れすることで代替した。地下鉄東西線のうち2009年3月まで京都高速鉄道が保有していた三条京阪駅 - 御陵駅間については、京阪は第二種鉄道事業免許を取得せず、通常の乗り入れという形式を取った。この判断が、後述のような運賃の割高さを生み出す要因となり、利用者の逸走を招くことになった。, 一部の曲線区間にはスプリンクラーが設置され、走行時のフランジ音を緩和している(2016年1月1日、大谷駅 - 上栄町駅間), 併用軌道区間を走る800系(2007年3月8日、上栄町駅 - 浜大津駅〈現在のびわ湖浜大津駅〉), 毎年10月に行われる大津祭では、併用軌道上で800系と曳山との併走が見られる(2009年10月11日、上栄町駅 - 浜大津駅間), 京津線ではPiTaPa・ICOCAなどの全国相互利用交通系ICカードが利用できる(スルッとKANSAIも2018年1月31日まで利用可能であった)。, 地下鉄東西線開業後、御陵駅を境に地下鉄と京津線の運賃が別々に加算されるようになったことから、京都市内中心部からびわ湖浜大津方面への運賃は大幅に高くなった(下表参照)。また、三条京阪駅で乗り換えて京阪線[注釈 2]を利用する場合、地下鉄と京津線の運賃に京阪線の運賃も加算されるうえ、普通乗車券の通過連絡運輸が行われず、乗り換え時にも切符の購入が必要である。ただし、定期券やPiTaPaなどのICカード、あるいは「京都・びわ湖チケット」などの企画乗車券ではこの限りではない。, 石山坂本線と2線あわせて年間15億円程度の赤字が出ており、一部マスコミから大津線自体の廃線も検討されていると報じられることもあった[6]。そこで京阪本社は地元自治体(大津市など)との間で、今後の運営のあり方についての協議を始めている。京阪はこれら2線の経営を本社から分離し独立採算制をとる分社化を検討しており、当初2004年秋に分社化を予定していたが、この時点で分社化しても収支改善が見込めず経営に行き詰まるという理由で見送られ、経費削減を図り収支が均衡した時点で分社化することになっている[7]。, 1997年の東西線直通開始以来、800系車両の帯の色でもある黄色がラインカラーとして使われていたが、2017年からの京阪線系統との車両カラーの統一およびサインシステムの再統一に伴い、これに代わって黄緑色の路線マークが設定された。路線マークのコンセプトは「山を越えて東西へ」とされている[8]。, 2018年3月17日改正ダイヤでは、ほとんどの列車が京都市営地下鉄東西線と直通運転を行い、朝に京都市役所前駅発着列車があるほかは、すべて太秦天神川駅まで乗り入れる。これにより、以前の起点の京津三条駅(現在の三条京阪駅)までの沿線をカバーしている。朝・夜には線内完結列車として、四宮駅 - びわ湖浜大津駅間の列車や深夜にはびわ湖浜大津発御陵行きが設定されている。基本的に1時間に3本、平日の朝夕は4 - 5本運転される[9]。, 編成両数は全列車4両編成である。2両編成・15分間隔であった東西線開業前よりも乗客は減少している一方、輸送力は逆に4両編成・20分間隔と1.5倍になっている。, かつては急行(1973年まで京阪山科駅には待避線が設けられており、同駅で普通列車と緩急接続を行っていた)や準急(京津三条駅 - 御陵駅間は途中無停車)の運転、石山坂本線との直通運転もあったが、現在はすべてびわ湖浜大津駅折り返しで普通列車のみの運転である。地下鉄東西線開業前の準急列車は、京津三条駅 - 浜大津駅間を24分で運転していた。現在の地下鉄東西線乗り入れ列車は、停車駅が2駅(東山駅、蹴上駅)増えたが三条京阪駅 - びわ湖浜大津駅間を22分で運転しているため地下区間で高速運転が可能になったことで若干の速達化が図られている。, 2002年より全線でワンマン運転を行っている。列車内で運賃を収受せず、駅では改札口を利用するいわゆる「都市型ワンマン列車」であり、列車内には運賃箱がない。2018年3月のダイヤ改正で深夜にびわ湖浜大津発御陵行きの列車が設定された。, 毎年8月上旬の「びわ湖大花火大会」の開催日のみ、びわ湖浜大津発四宮・京阪山科・御陵行きの臨時列車も運転される[10]。この日に限り乗降客の安全確保などの理由により、運転士が列車防護要員として乗務するツーマン運転が行われている。, 1997年10月12日に開業した京都市営地下鉄東西線は、2008年1月16日に二条駅 - 太秦天神川駅間が延伸開業した。これに伴い京阪京津線の地下鉄東西線乗り入れ区間もそれまでの京都市役所前駅から新しい西の終点駅の太秦天神川駅まで延長された。なお、延伸開業後の運行形態は浜大津方面は7 - 21時台、御陵方面は6 - 19時台の時間帯の半数の列車(おおむね30分間隔)が太秦天神川駅発着・その他の列車は京都市役所前駅発着となった。なお、この2008年1月に行われたダイヤ改正では、地下鉄化後初の減便改正となった。日中が15分間隔であることは変わらず、昼間以外の時間帯で減便がなされた。さらに、2018年3月17日のダイヤ改正からは、日中はすべての列車を太秦天神川駅発着とする代わりに20分間隔となり減便となった[9]。, 1960年代まで、60型「びわこ号」や200型・260型などを使用した臨時特急も運転されていたこともあった。京津線内はノンストップであった。, 1950年代の夏季臨時特急では京阪山科駅のみに停車していたが、1960年代の冬季スキー臨時特急では全線ノンストップで運転していた。, 800系含む600形以降の車両は、石山坂本線とともに、寺院の半鐘の音をイメージして作られた、独自の警笛を採用している。, 1997年に800系の運転席の運行スタフ(時刻表)に、運転席のモニター内のタッチパネル式ディスプレイ表示(運行指示の内容が記録されたICカードを読み込んで表示する方式)が採用された。, 前述のような歴史的経緯から、京津線では距離を示すキロポストが2つに分かれている。(矢印の方向にキロ数が増える)[注釈 7], ※京都市営地下鉄東西線三条京阪駅 - 御陵駅間は京阪京津線の代替区間であり、この区間の鉄道施設は京都市・京阪電気鉄道・地元企業などが出資する第三セクター「京都高速鉄道」が建設・所有し、京都市交通局に貸与して経営を行わせていた。2009年4月からは、同区間は京都市交通局が保有し直営している。, 三条駅 - 四宮駅間の列車は多くが準急として運行されているが、1980年時点で、平日の三条駅8時26分発のみは急行として運行されていた, 長年にわたり三条大橋-古川町間が仮開業とされてきたが、公文書で本開業であることが証明された, 京阪電気鉄道のキロポストは基本的には上り線の進行方向左側に設置されているが、例外として, 『京阪神からの旅行に便利な交通公社の時刻表』、日本交通公社関西支社、1957年1月、75頁, 『京阪神からの旅行に便利な交通公社の時刻表』、日本交通公社関西支社、1957年11月、89頁, 『京阪神からの旅行に便利な交通公社の時刻表』、日本交通公社関西支社、1967年7月、127頁, 『京阪神からの旅行に便利な交通公社の時刻表』、日本交通公社関西支社、1971年4月、131頁, 出典 : 中山(2017)「日本初の連節車 京阪電気鉄道 60 型 びわこ号  登場の謎とその生涯」、『レイル』103, 出典 : 中山(2017)「日本初の連節車 京阪電気鉄道 60 型 びわこ号  登場の謎とその生涯」、『レイル』103、p.29。, 出典 : 中山(2017)「日本初の連節車 京阪電気鉄道 60 型 びわこ号  登場の謎とその生涯」、『レイル』103、p.30。, 出典 : 中山(2017)「日本初の連節車 京阪電気鉄道 60 型 びわこ号  登場の謎とその生涯」、『レイル』103、p.31。, 『車両発達史シリーズ1 京阪電気鉄道』(関西鉄道研究会)156頁掲載の1965年4月22日付けの片町駅に搬入時の写真より, 出典:「『関西の鉄道』別冊第1巻京阪電気鉄道 戦後分離後の歩みPart1」51頁より, 出典:関西鉄道研究会「車両発達史シリーズ1『京阪電気鉄道』第5編「京阪電気鉄道の路線の変遷について」・180頁掲載の『1-8 追分付近の移設』より, 『京阪グループ 開業110周年記念誌』京阪ホールディングス株式会社2020年11月1日発行 67-68頁「未来への教訓 京阪電車における重大事故・自然災害の振り返り」, 『京阪グループ 開業110周年記念誌』京阪ホールディングス株式会社2020年11月1日発行 61頁「ドライブレコーダーの設置」, 出典・「山科新聞」2017年(平成29年)7月19日号・京都新聞山科販売センター編集局編集毎月第3日曜日発行, http://www.47news.jp/CN/200312/CN2003122001000854.html, https://web.archive.org/web/20040710155616/http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040708-00000025-san-bus_all, 「大阪、京都、びわ湖を結ぶ京阪電車」のブランドイメージを統一 大津線車両のカラーデザインを変更します, https://web.archive.org/web/20130917030433/http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20130917000047, https://web.archive.org/web/20130917161402/http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20130917000074, 大津線「ICOCA定期券」「ICOCA連絡定期券」の発売開始および接続駅の追加について, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=京阪京津線&oldid=80525650, 代替駅設置を巡って(その他、諸々あるが)民事訴訟にまでに発展したが、原告側敗訴の上、代替駅も設置されず。, 御陵駅を日ノ岡駅 - 御陵駅間の中間地点、三条通上の地下に移設し、日ノ岡駅とを統合, 上栄町駅への急行停車は、長等公園下駅より改称した1959年3月1日から実施された。, 1957年3月20日ダイヤ改正から1968年3月25日改正前までは、日中は三条駅 - 石山寺駅間の急行と三条駅 - 浜大津駅間の普通が各15分間隔で、夕方は三条駅 - 石山寺駅間の急行、三条駅 - 浜大津駅間の急行、三条駅 - 浜大津駅間の普通2本の合計4本が20分サイクルで運行されていた, 1968年3月25日ダイヤ改正以降は、日中は三条駅 - 石山寺駅間の急行、三条駅 - 浜大津駅間の普通、三条駅 - 四宮駅間の普通の合計3本が20分サイクルで、夕方は日中の列車に三条駅 - 浜大津駅間の急行を加えた合計4本が20分サイクルで運行されていた, このダイヤ改正で準急が新たに設定された。急行は平日(当時は土曜を含む)朝夕のみの運転となり、普通は早朝・深夜を除き四宮駅折り返しとなった, 日中の準急は三条駅 - 浜大津駅間と三条駅 - 石山寺駅間の系統がそれぞれ30分間隔で交互に運行されていた。準急の間に三条駅 - 四宮駅間の普通が1本(15分間隔)運行されていた, 上関寺駅は廃止となった。また京阪山科駅での待避が廃止され、2年後の1973年に待避線は撤去された。, 三条駅 - 浜大津駅間および四宮駅 - 浜大津駅間の普通列車は早朝と深夜のみの設定で、80型が通常ダイヤで営業列車として浜大津駅に発着するのはこの時に限られていた, 一部の急行・準急は四宮駅始発・終着のものが設定されていた。三条駅 - 四宮駅間の列車は停車駅は同じであるが、急行として運行される列車と準急として運行される列車があった, 昼間時は三条駅(1987年以降の京津三条駅。以下同じ) - 浜大津駅間の準急と三条駅 - 四宮駅間の普通がそれぞれ15分間隔、朝ラッシュ時はそれぞれ6 - 10分間隔、夕ラッシュ時はそれぞれ10分間隔の運行であった, 三条駅 - 浜大津駅間直通及び四宮駅 - 浜大津駅間の普通列車は早朝と深夜のみの設定, 準急の出入庫系統として三条駅 - 四宮駅間及び四宮駅 - 浜大津駅間のものがあった。四宮駅で三条方面の普通用80型と浜大津方面の準急用高床車を乗り換える運用もあった, 京都市下京区三条通大橋町117番地先 - 大津市御蔵町間の軌道敷設が京津電気軌道、京都電気鉄道株式会社ほか1社の3社の競願となる。, 鉄軌道事業の主務官庁(監督官庁)である内務省が京津電気軌道株式会社、京都電気鉄道株式会社ほか1社の3社に対して妥協による合流を要請。, 京津電気軌道株式会社と京都電気鉄道株式会社とが妥協し、京都電気鉄道株式会社が京津電気軌道株式会社に合流。, 上関寺駅付近における官設鉄道東海道本線を跨ぐ上関寺国鉄跨線橋の建設工事が竣工し、上関寺仮乗降場 - 上関寺駅間約100mが開業し、三条大橋駅 - 札ノ辻駅間10.0kmが一体化し、直通運転を開始。同区間を10分毎に30分で結ぶ。, 8月1日:官設鉄道東海道本線京都駅 - 馬場駅間の現行ルートへの移設工事に伴う御陵駅 - 毘沙門道駅間の一部区間の新設の東海道本線高架(盛土高架)北側への移設工事が竣工し、毘沙門道駅を山科駅前駅(現在の京阪山科駅)に改称。, この年 奥繁三郎社長が積極的に京阪電気鉄道株式会社との合併交渉に乗り出し、京津電気軌道株式会社と京阪電気鉄道株式会社との合併協議を進める。, 奥繁三郎社長が推し進める京津電気軌道と京阪電気鉄道との合併に異議を唱える役員が増加。一部の役員の中からは、独自に, 京阪電気鉄道株式会社が京津電気軌道の全事業のうち、沿線における電力供給事業については、安曇川発電所とともに電力供給事業を本業とする京都電燈に譲渡することで京都電燈との間に折り合いをつけ、京津電気軌道との合併協議を再転させる。, 2月20日 専用軌道上の古川町駅 - 蹴上駅間を三条通上の併用軌道に移設したことにより営業キロが86m短縮, 1月25日:「大化の改新1300年祭」に天満橋駅から京阪線・京津線経由坂本線の「近江神宮駅」へ直通列車が運転される(63号)。, 4月25日 九条山駅付近で発生した土砂崩壊のため、上下線が不通になる。翌26日始発から上り線のみ運行を再開。, 2月1日:三条大橋駅 - 浜大津駅間急行列車の運転を再開(最速25分)。三条大橋駅 - 石山坂本線石山寺駅間直通運転を開始。, 5月18日:全線で旅客運賃を改定し、旅客運賃を7割5分値上げ。また、大津線の区間制が変更され、京津線内の区間が、それまでの3区から4区となる。, 10月31日:16時40分頃、上り25号車が蹴上駅 - 九条山駅間でポールが外れ停車中、急勾配のため自然後退し、後続の58号車に衝突。同車もこの衝撃で後退し、さらに神宮道で停車中の72号車に衝突、3両とも中破した。乗客中死者1名、重軽傷70名。, 5月20日:22時25分頃、蹴上の都ホテル前で京津線の三条大橋行の37号車のモーター回路が地絡して主回路遮断器が熔解し、乗客8名が火傷を負う事故が発生。, 三条大橋 - 石山直通列車を一時中止。急行・普通ともに15分毎に運転し、その不足分を京阪自動車(現在の, 8月8-13日:京津間旅客輸送に京阪自動車がバスを電車代替車として臨時ダイヤを実施。, 1月30日:四宮車庫の火災によって焼失した大津線車両22両のうち復旧困難な客車15両と老朽電動客貨車各1両(20型1両、撒水車1両)を廃車。, 大津線の関西電力送電線事故のため、12時30分から約12時間半に渡って停電し、京津線を走行中の13の旅客列車が営業線上に停車。, 9月10日:四宮駅上り副本線の新設に伴い、上り急行列車の待避駅を京阪山科駅から四宮駅に変更。, 5月15日:総事業費88万4千円をかけ、長等公園下 - 浜大津間の併用軌道改良工事を着工。, 7月20日:18時50分・九条山駅付近で土砂崩れ発生、21時24分単線で仮復旧するも、再度崩落で不通に。翌21日三条駅 - 九条山駅間の不通箇所間は、京阪自動車で代替輸送し、列車は九条山に仮ホームを設け、浜大津駅 - 九条山駅間の折り返し運転を実施(復旧日不明)。同区間は9月15日朝にも同区間で落石、一時運休。9月25日も, 12月30日:200型連結運転に伴う三条曲線の変更工事、並びに浜大津駅の改良工事を完了。, 12月7日:御陵国道踏切(後の御陵府道踏切。1997年10月12日廃止)の遮断機を自動水平昇降式に改修。, 1月15日:石清水厄除大祭参詣客のため、三条経由の八幡町(現在の八幡市) - 浜大津間直通臨時急行「やわた」号を運転。, 5月24日:大津線車両200型201-202号車に車内放送装置を取り付け、試験使用を実施。, 12月15日:総工費380万円をかけた三条駅 - 東山三条駅間の併用軌道舗装改修工事が完了。, 11月23日:浜大津 - 枚方公園間の「菊号」の運行をもって、60型による京阪線への直通運転を中止。, 10月16日:三条発の島めぐり臨時特急(260型2両編成)が蹴上駅 - 九条山駅間で併用軌道から専用軌道に入る際、トラックと衝突。九条山駅 - 浜大津駅間で折り返し運転, 7月:80型81-93を順次2両連結編成に改造(1972年1月までに2両固定編成化完了)。, 8月15日:上関寺駅廃止。大規模なダイヤ改正が実施され、準急を新設し、運転間隔を20分毎から(三条駅 - 浜大津駅・石山寺駅間の準急、三条駅 - 四宮駅間の普通の各列車)15分毎に変更することにより京津線と京阪本線との連絡が強化。全列車を2両連結編成での運行とし、単行運転を廃止。急行は朝夕のみの運行となる。, 1月9日:浜大津駅前の京津線と石山坂本線との連絡線を廃止し、浜大津経由の三条駅 - 石山寺駅間の直通運転を廃止。, 石山坂本線の旧浜大津駅(旧東口)は、わずかに湖側に移動して現在の浜大津駅になった。, 浜大津駅の統合でスイッチバックがなくなることになり、石山坂本線内で京津線車両の向きが逆になり保守点検などで不都合が生じることになった。そのため, 4月1日:京津線の三条駅を京津三条駅へ改称(5月23日までは同一改札内で三条駅と京津三条駅が同居)。, 5月1日:建設中の京都市営地下鉄東西線への直通運転開始に伴う大津線の電圧の1500V昇圧に対応した, 1月30日:京阪電気鉄道株式会社と京都市の間で京津線列車の京都市営地下鉄東西線への乗り入れ関する基本協定が締結される。, 11月:終電 - 始発間の深夜に石山坂本線の架線電圧を600Vから1500Vに昇圧し、800系の試運転開始(翌1997年7月まで)。, 御陵府道東踏切付近で下り線側から京都市営地下鉄東西線へ接続する新線への単線渡り線と架線を設置。, 御陵駅を西へ約300m移設し、京都市営地下鉄東西線との共同駅として地下化。御陵府道東踏切付近 - 御陵間を地下新線に切り換え。, 架線電圧を600Vから1500Vに昇圧。これにより京阪の全ての鉄軌道線(鋼索線除く)の架線電圧が1500Vとなる。, 大津線と京都市営地下鉄との連絡乗車券の発売を開始し、大津線と京阪線との連絡乗車券の発売を廃止。京都市営地下鉄東西線を介した大津線と京阪線との連絡定期券の発売を開始。, 5月10日:京都市営地下鉄東西線の特定区間である三条京阪駅 - 御陵駅間との定期旅客運賃を改定。, 追分駅と大谷駅で自動改札機の使用を開始。大谷駅と上栄町駅で発駅証明書発券機の使用を開始。京津線全駅(一部ホームを除く)で自動改札機と, 2月7日:上栄町駅付近で浜大津発京都市役所前行き(4両編成)の2両目が脱線。負傷者なし, 9月29日:17時より京津線全線で運転を再開。29日中は御陵駅 - 浜大津駅間での折り返し運転。30日より京都市営地下鉄東西線への乗り入れ再開, 京都市電東山線とは一時期、東山三条駅で直接線路がつながっていたが、旅客列車の直通はなかった。, 東山三条駅 - 日ノ岡駅間の各駅は無人で券売機も設置されていなかったため、これらの駅では乗車券を購入できず、車内で乗車券を購入するシステムとなっていた。, 上記区間では廃止直前時点で普通列車と準急が運行されており、普通列車は終着駅の四宮駅まで各駅に停車し、準急は京津三条駅 - 御陵駅間の各駅を通過し御陵駅から終着駅の浜大津駅までの各駅に停車する運行形態を採っていた(「, 80形81-82号車の「さよなら」装飾編成は、四宮駅5時30分発浜大津行き普通列車から運用が開始された。その後、京津三条22時06分発浜大津行き最終普通列車(四宮駅 - 浜大津駅間延長運転)に充当される予定であったが、交通渋滞などの理由からダイヤが大幅に乱れたため、結局運転されず、三条・浜大津の行先掲示板を掲出したのは四宮駅5時30分発浜大津行きの普通列車の折り返し列車の1本のみに終わった。, 260形261-262号車の「さよなら」装飾編成は、四宮駅7時24分発浜大津行き普通列車から運用が開始された。, 浜大津駅10時5分発とその1時間後にもう1本800系が翌日の営業に備えて直流600Vの架線の下を四宮駅まで回送され、上栄町駅・追分駅付近では、京津線での600・700形との新旧擦れ違いが見ることができた。, 石山坂本線内における朝のラッシュ時の運用を終え、昼間時は錦織車庫に入庫していた350形は、夕方のラッシュ時から再び同線内での運用に就いたが、この際に350形353-352号車には「ご苦労様でした350形」と書かれた副標識が取り付けられた。, 20時以降、260形263-264号車と265-266号車が浜大津発四宮行き準急として運転され、四宮車庫に入庫後、留置場所となる九条山駅へと回送された。, 21時過ぎに260形267-280が京津三条駅 - 浜大津駅間の準急として1往復した後、浜大津発京阪山科行き普通となり、京阪山科駅から九条山駅へと回送された。, 21時以降、350形353-352号車と355-354号車が留置場所となる九条山駅へ回送列車として、京津線に入線。, 260形261-262号車による京津三条駅22時14分発の浜大津行き準急(ダイヤが大幅に乱れていたため実際はその数分後)を最後に、御陵府道東踏切付近での京都市営地下鉄東西線への線路切り替え工事のため京津三条駅 - 京阪山科駅間の営業運転が休止され、京阪山科駅 - 浜大津駅間で折り返し運転となった。折り返し運転には260形261-262号車と600形607-608が使用された。, 臨時ダイヤによる京津三条駅 - 京阪山科駅間の京阪バスによるバス代行輸送と京阪山科駅 - 浜大津駅間の臨時列車による折り返し運転が実施され、600形と260形に「浜大津 京阪山科」の方向板を取り付けて運行。, 京津三条駅22時06分発の普通四宮行きを最後に80形の営業運転を廃止。この列車は80形81-82号車で運転される予定であったが、ダイヤが大幅に乱れたため、同形式の95-96号車が使用された。このままでは廃車車両の留置場所が変わってしまうため、同形式81-82号車は四宮駅 - 浜大津間駅を回送として運転された。なお、想定外の運転であったためか「回送」の行先板を付けずに運転された。, 80形93-94号車が京津三条駅に回送運転され、京津三条駅 - 九条山駅付近(蹴上駅 - 日ノ岡駅間の専用軌道上)間の旅客営業を行わない事実上の最終列車となる。, 京阪山科駅0時10分発の普通浜大津行きを最後に600形の京津線内での営業運転を終了。, 浜大津駅0時25分発の普通四宮行きを最後に260形の京津線を含む大津線での営業運転を終了。, 260形261-262号車が九条山駅付近(蹴上駅 - 日ノ岡駅間)の専用軌道上に回送運転され、九条山駅付近(蹴上駅 - 日ノ岡駅間の専用軌道上) - 御陵府道東踏切付近間の旅客営業を行わない事実上の最終列車となる。, 京阪山科駅 - 四宮駅間で、旧三条通り(東海道)を回るより距離が100m短縮できることから、抜け道替わりに線路内を通行する歩行者がおり問題になっている。特に地下鉄東西線開通後は同区間の列車本数が1時間8往復から4往復に半減したことから列車と列車の間隔が長くなり、その間に通り抜ける線路内通行者が多数現れている。山科警察署は署員を巡回させ線路内通行者2名を検挙書類送検した, 中山嘉彦「日本初の連節車 京阪電気鉄道 60 型 びわこ号  登場の謎とその生涯」、『レイル』103、2017年。.