「放免」は拘束を解いて自由にすること。, 恥ずかしいと思うことなく、動揺することもなく悪行を行うこと。 「無双」は並ぶものが存在しないということ。, 心に不信や不満、欲望などなく、穏やかで落ち着いていること。 「愚痴」は愚かなこと。 仏教の言葉で、信仰によって仏からの恩恵を授かること。, 君主からの命令は、一度出されてしまえば、それが絶対であるということ。 「無恥」は恥知らずなこと。 「無智文盲」とも書く。, 物事の筋道が立たないこと。 主に一般的な常識とされていることを理解できないことをいう。, 恥知らずで、遠慮がない態度のこと。 そっけない扱いをされ、辱めをうけること。 「難題」は解決することが非常に難しい問題のこと。, 人としての道理から外れていること。 「無窮」は限りがないこと。 「縦横」は縦と横のことから自分の思うよう好きに振舞うこと。 「痛烈」は激しく非難すること。 日本の戦国時代の剣客、塚原卜伝が渡し舟に乗っている時に真剣勝負を挑まれ、陸で戦おうと川の中州に誘ったあとに、そのまま舟を出して置き去りにして、「戦わずに勝つ、それが無手勝流だ」と言って相手を諫めたという故事から。, ただ一つだけで、ほかに代わりになるものがないこと。 似た意味の言葉を重ねて強調した言葉。. 車軸や容器の内側には何もないことが重要であり、役に立つ働きをするということから。, さっぱりとしていて、欲がなく、物事にこだわらないこと。 「傍若無人」とも書く。, そのままの状態で、はっきりとしていない様子。 「無垢」は汚れがないという意味。, 根拠がなにもなく、いい加減で非現実的なこと。 「無双」は比べるものが存在しないこと。 「純精」と「無雑」はどちらも純粋という意味で、似た意味の言葉を重ねて強調した言葉。, 人徳が備わった人には、敵になる人がいないということ。 「廓然」は心が広々としていて、わだかまりなどなにもないこと。 「斗」は体積の単位。, 事の成り行きを、冷然と側でただ眺めていること。 「無垢」は穢れがなく、清らかなこと。, 思いきわめた果てという意味。 「比隣」は隣の家。, 全ての国の中でも、比べることができるものがいないほどにすぐれていること。 「呻吟」は苦しんで声を発すること。, 病気をすることなく、健康で元気に暮らすこと。 「無礙」は何ものにも妨げられることがないこと。 「無類」は二つと存在しないということから、比べることが出来るものがないという意味。, いつまでも終わることなく、天と地と共に続いていくこと。 「流転」は次から次へと変化し続けること。 「無理」と「無体」はどちらも同じような意味で、人の道に反した行いを強引に行うこと。, どこまでも広く大きいこと。 他人のことを一切考えずに、自分の思い通りに行動する態度のこと。, 他と比べられないほどに、心の品格が高く、清らかな様子。 「無双」はこの世にあるなにものとも、比較することすらできないほどにすぐれているという意味。, 美しい満月が出る、秋の十五夜に月が出ないこと。 「無理」は道理に合わないこと。または、実現が困難なこと。 「諸行無常、諸法無我、涅槃寂静」という仏教の思想の特徴を表す三法印の一つ。 似た意味の言葉を重ねて強調したもの。, 堪らなく悔しいこと。 また、無邪気で飾り気のない人柄のこと。 「憂いの来る方無し」とも読む。, 様々な状態に変化し続けて、留まることがないこと。 初めて物事を途中で止めることをいう。 夏の君主、桀に仕えた「竜逢」と、殷の君主、紂に仕えた「比干」のことで、どちらも暴君に仕えて、君主を諫め処刑された忠臣ということから。, 忠義を尽くす家臣のたとえ。 「無為」は何もしないこと。, 刑事事件で拘留していた容疑者の拘束を解いて、自由にすること。または、疑いが晴れることをいう。 「無縫」は縫い目がないこと。 「恬淡」はあっさりとしていて、無欲なこと。, 何もなく、どこまでも広がっている風景を言い表す言葉。 「無為」は人の手が入っていない、あるがままの状態。 「中秋」は月が美しく見え、月を観賞して楽しむ、陰暦の八月十五日のこと。 中国の戦国時代、張儀が魏の哀王に秦と連衡することを勧めたという故事から。 大罪を犯した者が死後落ちる場所で、絶え間ない責苦を受け続けるという八大地獄の中で最下層にある地獄のこと。, 特に才能や特技もない人が、食事だけは人並み以上に食べること。 「問答」は話し合うこと、「無用」は必要ないことで、主にこれ以上話し合っても無駄なため、一方的に話し合いを終わらせるときに使う言葉。, 薬や医者の治療がまったくもって効かないこと。 「天下」は全世界や国全体のこと、「無双」は二つと存在しないということから、比べられるものがないという意味。 視覚的に認識できるものとできないもの。 「無疆」は限りがないということ。 「兼愛私心無し」とも読む。, 後になってわずらわしい問題が尽きることなく発生すること。 「広大無辺」「洪大無辺」とも書く。, 何の心配事も無く、ぐっすりと眠ること。 「平穏」は起伏がなく穏やかなこと。, 考えてもいなかった不幸が突然訪れること。 他人のことを一切考えずに、自分の思っている通りに考えたり、行動したりする態度のこと。, 知恵や学問がないために物事の道理を理解することが出来ず、愚かなこと。 「枕を高くして憂い無し」とも読む。, 根拠も何もなく非現実的なこと。 「忠勇」は忠義心に厚く、勇気があること。 「三宝」は仏、仏の教え、教えをひろめる僧のこと。, 仏教の戒律を破っても全く恥じることがないこと。 「毋」は「无」、「無」とも書く。, 思い上がって他人を見下す、礼を失する態度。 「窮極」は貧しさが極限に達すること。 天女の衣服は、縫い目がない(加工されていない)にもかかわらず美しいという意味から。, 世の中につりあうものが存在しないほどすぐれていること。 「無学」は学問がないということ。 今までに澄き通ったことのない黄河の水が透き通るくらいに、笑顔を見せることがないという意味から。 または、道理に合わない理不尽な要求のこと。 「無地」は場所がないということから、居場所がないこと。 「三界」は欲界、色界、無色界の三つの世界のことで、現世のことをいう。 「無為」は何もしないこと。, 仏門に入り、仏教の三宝を信じて、仏に頼ること。 「同行」は共に歩くこと。 または、そのような人のこと。 「破戒」は不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒という仏教の戒律を破ること。 「てんか」は「てんが」とも、「むそう」は「ぶそう」とも読む。, この世に相手になるものが存在しないほどに強いこと。 もとは平仮名の言葉で漢字を当てた言葉とされている。, 策略を巡らせて、実際に戦わずに勝つことや、その方法。 または、満足するまで自由に行動すること。 または、そのような人のことを蔑んでいう言葉。 「縦横」は縦と横のことから、自分の思いのままに振る舞うこと。 「無策」は有効的な対策をだすことができないこと。 または、そのような人のこと。 『老子』や『荘子』でよく使われる逆接的な理論。 「無芸」は技術や特技を何も身につけていないこと。, 貧しい人や老人、孤児などの弱者のこと。 「勇猛」は勇敢で力強いこと。 「天地」は上と下。 「冷炙」は焼いたあとに冷めた肉。 「無」は「无」、「毋」とも書く。, 面白いと思える要素や風情が何もないこと。 「備え有れば患(うれ)い無し」の形で使うことが多い言葉。, 名前は立派だが内容が伴っていないこと。 「徒食」は働かないで食べること。 「無病」は病気にならないこと。 「千里」は千里四方という意味から、広大な範囲のたとえ。 「無比」は比べるものが存在しないほど、ということ。, 自然の風景が極めて美しいこと。 平家物語の冒頭として有名。, 仏教の根本的な三つの思想の一つで、この世に存在しているものの全ては、永遠不変の本質はもっていないということ。 または、この世のものはすべて相対的な関係にあるということ。 「冷嘲」は冷ややかに嘲る、「熱罵」は熱く罵るという意味。, 冷ややかで荒れた盛り土という意味から、墓のこと。 似た意味の言葉を重ねて強調した言葉。, 邪念や私欲などのない清らかな心を持っていること。 「勁勇」は勇気があって、力強いこと。 または、数が多くつまらない人や物のことを卑しめる言葉。, 有があるから無があり、無があるから有があるという、有と無の相対的な関係のこと。 「異類」は違う種類という意味。 「位」は地位や身分、「冠」は地位のたとえ。 「慇懃」はとても礼儀正しいこと。 「無偏」は偏ることがないこと。, この世の儚さと、前世の行いの報いのこと。 「趣味」は楽しみとすること。, 人の世の移り変わりは、この上なく速くてはかないということ。 主に金銭のやりくりについていう言葉。, 現在の状況で解決すること非常に難しい問題のこと。 「無念」は仏教語で迷いを捨てて心が澄んでいる状態のこと。 「無道」は人としての道理にはずれていること。, 周囲に動くものもなく、静まりかえった様子のこと。 話を続けても、互いに利益になることはないという意味から。, 話し合うことに意味が無いこと。 「天涯」は非常に距離が離れていること。 「無用」はしてはいけないという意味。, 天の働きは、何に対しても公平であるということ。 植物が根付くための根や果実をつけるための蔕がないことから。, 何も対策をせずに、そのまま放置すること。 「無位」「無冠」はどちらも地位や身分、役職がないという意味。, 何も対策をせずに、そのまま放置すること。 「無常」はこの世のものは変わらないものはないということから、世の儚さをいう。 「南無」は経典や仏の名前の前につけて、絶対的な信頼を寄せて頼ること(梵語の音訳)。 「宏大」は広くて大きいこと、「無辺」は果てがないこと。 生贄にするものを選ぶ方法をいう言葉。, 仲間を作って結託して、それ以外の人を排斥すること。 「完全」と「無欠」はどちらも不足や弱点が全くないという意味。 「無極」は程度が甚だしいこと。, 何事にも恐れることなく、誰よりも勇気があること。 「無骨一辺」とも書く。, 穏やかで変わったことが特にないこと。 仏教の言葉で、性質の異なる火と水が、何の妨げもなく通じ合うことをいう。 または、臣下は君主からの命令に対して、疑いの心を持たないこと。 「旁に人無きが若し」と訓読する。 「百載」は「百歳」のことで、百年という意味から、永遠、永久という意味。 「しゃりむり」の当て字という説もある。, 人の一生が儚いことのたとえ。 「笑いを河清に比す」とも読む。, 胸がすっとして、並外れて楽しく気持ちのよい様子。 「禍福門無し、唯人の招く所なり」を略した言葉。, 計ることが出来ないほど、深く感じ入ること。 「無知」は知識がないということ。, 一つの物事に集中しすぎて、自分のことすら忘れること。 「無縫」は縫い目がないこと。 「豪胆」は何事にも動じない度胸があること。 「無慙」は罪を犯していながら、それを恥だと感じないこと。, 酒や女遊びに溺れて素行に問題があること。 「無手勝」は武器を何も持たずに勝利すること。 「無漏」は煩悩を振り払い、悟りの境地に達した人のこと。, 果てしなく続くこと。または、終わりのない永遠に続く長い時間。 「無党」は特定の主義や主張を持つ党派に所属しないこと。, 詩や文章などにわざとらしさがなく、自然で美しいこと。 四字熟語. 「河清」は黄河の水が澄き透ること。 「水清ければ魚無し」とも読み、澄み切った水には魚が住めないという意味から。, 汚れのない清らかな様子。 「功徳」は功績と人徳。 「虚無」は何もない状態ということから、物欲がないという意味。, どれくらいあるか数えることができないほどに数が多いこと。 「無窮」は終わりがない、尽きないという意味。, 恥知らずで、遠慮がない態度のこと。 「無常」は仏教語で世の中は変化がとても速くて変化しないものはないということ。または、人の命ははかないということ。 「弁才」は弁舌の才能があること。 または、そのような人や物のこと。 「無始」はいつが始まりだったかわからないこと。 「無為」は何もしないこと、「徒食」は働かないで食べること。, 地位や肩書き、階級などがないこと。 または、特に何も考えていない、思慮の足りない様子を指すこともある。 「無行」は行動しないこと。, 何かにこだわることがなく、思考や行動が自由であること。 仏教の言葉で、「無明」は夜が明けないという意味から、仏の真理を理解できず、悟りを得ることが出来ないことのたとえ。 主に天災や人災などに巻き込まれて苦しめられる人々のことをいう。, 頼みとするところや支えてくれるものが何もないこと。 「汗顔」は顔に汗をかくということから、この上ないほどに恥ずかしい様子のこと。 「薬石」は石の鍼(はり)治療や薬剤。 「無双」は二つとない、または比べることができないという意味。, 不満や疑念などのわだかまりがなく、聖なる真理などないと悟ること。