映画では少しわかりにくいですが、原作ではこれは西宮自身が「諦めて」自ら捨てたことが語られています。, 原作者の大今良時さんによると、このノートはのコミュニケーションツールというだけでなく、みんなと仲良くなりたいという希望を表しているのだそうです。 (前述どおり該当シーンが原作にあったかどうかは知らないのですが…), 安易な恋愛要素がないのもいいところなだけに、aikoさんの主題歌「恋をしたのは」がどうにも噛み合わないのは残念かな、と…。楽曲自体は好きなんですが。 この小さな光(Point Of Light)が広がったということは、その光の中にいる2人(西宮と石田)が、聲の形(Shape Of Voice)を理解できた、ということにも思えるのです。 さすがに8週目になると興行収入は圏外、上映スクリーンも少なくなっています。 余談ですが。石田君も本当に誠実な人だと思います。自分は子どもの頃、周囲より貧乏だったので、暴力よりも金銭的損害を出されるのが一番嫌でしたから、やっぱり七百万円という普通子どもには追い切れないケジメを付けて見せた事が彼を大きな人間と感じてしまいます。 高評価の作品。「金曜ロードSHOW!」で放送され、これが初観賞です。京アニ作品は、2作目ですが、美しい絵とも人の心を深く追求した作品だと感銘しました。, 小学6年時に、転校してきた聾の女生徒とこの女生徒を虐め、蔑み、無視し、あるいは同情した生徒たちが、その後高校生となり、お互いが再び対峙したとき、彼らの気持ち・感情がどう変化していったかが繊細に描かれた作品。, 聲の形とは聾者の発声「ご・め・ん・な・さ・い」「お・と・も・だ・ち」が健常者にどう受けとられるか、その形ということ。この受け取り方でいじめが起きる。, 原作は大今良時さんの漫画「聲の形」。監督は山田尚子さん、長編映画3作目です。脚本:吉田玲子さん。総作画監督:西屋太志さん(故人)、絵コンテ:山田尚子・三好一郎・山村卓也さん、音楽:牛尾憲輔さん。, 声の出演者:入野自由・早見沙織・悠木碧・小野賢章・金子有希・石川由依・潘めぐみ・豊永利行・松岡茉優さんらです。, 高校生の石田将也(入野自由)はアルバイトを辞め、預金を降ろして母に渡し、水門橋から川に飛び込み自殺を試みるが、出来なかった。, 彼は小学校6年時転校してきた西宮硝子(早見沙織)を虐め、これが公にされ、以後逆にクラスから虐められ、中学になっても付き合ってくれる人もなく、彼自身が人を受け入れられなくなっていた。また、西宮の補聴器を壊した代償として理容師の母親に170万円もの金を支払させたことも心に大きな重しとなっていた。, 小学校6年時の石田(松岡茉優)は、母子家庭で、勉強より友だちの遊ぶのが日課。遊びのリーダーだった。目出たがり屋で、聾の西宮を悪意で虐めたのではなく、西宮が発する「ご・め・ん・な・さ・い」に戸惑うクラスの人たちに、恰好いいところを見せたかったのではないでしょうか。彼は自分が噴水池に投げ込んだ西宮の筆談ノートを誰もいなくなって必死に回収し、母親に賠償金を払わせたことに痛みを感じる子であった。許されることではないが、この年頃にはよくある虐めで、聾の西宮を生徒らに任せてしまった先生方に問題があったと思います。, 石田の虐めにクラスの植野直花(金子有希)は加担し、佐原みやこ(石川由依)はこっそり筆談ノートに書き込みをして協力、川井みき(潘めぐみ)は見て見ぬ振り、虐め仲間の島田一旗(西谷亮)は加担するが強制されてやったと証言する。, 転入5か月後、「虐めで補聴器が壊された」という母親からの訴えで、石田の罪が明かされ、西宮は転校していった。西宮が5か月もいじめの中で登校していたことを考えると転校は西宮本人ではなく母親西宮八重子(平松晶子)が決めたことでしょう。, 高校生になった石田には自殺したいほどの罪悪感に苛まれていた。あの日西宮が「お・と・も・だ・ち」と話した意味は何だったのかと気にしていた。, 偶然手話教室を訪れたことで西宮に出会い、小6の時噴水池に投げ入れた筆談ノートを返し「友達になってくれ!」と申し入れたが、西宮の妹・結絃(悠木碧)の強いガードで会せてもらえない。(笑), そんなとき、虐めにあっているクラスメートの長束友広(小野賢章)を救ったことで、石田と長束が友情で結ばれた。長束の活躍で、結絃のガードをくぐり抜け、西宮に会うことができたが、筆談ノートを川に落としたことで、二人が奇しくも川の中で再会。このとき石田が見た西宮の脚が彼には眩しかった!(笑), これが切っ掛けとなり、ふたりは遊園地で遊ぶようになり、西宮は石田に特別な気持ちが出てくる。ふたりの行動は小6年生のころの友の評判になり、再び当時の虐めと向かい合うことになる。, 川井が「西宮を虐めた全責任は石田さんが負うべきだ!」と言い、植野(金子有希)は「それはおかしい、私は笑って同調していた」と、植野は西宮にも責任があると考えていた。佐原は「石田も植野も怖かったから何も言えなかった」と言い、川井の紹介で親しくなった真紫智は「ひど過ぎる!」と石田を非難した。, みんな自分が可愛い。虐めの責任は全部石田が負うことになり、再び彼は心を閉じてしまう。そんな石田に西宮は「私と一緒にいることは石田を不幸にする」と伝えた。, 美しい花火も西宮にとっては開く音のない花火だった。途中で家に戻った彼女が採った行動はアパートからの飛び降り自殺だった!, 落ちる寸前の西宮の手を掴まえ、「どうかもう一度俺に生きる力を貸してくれ!」という石田。この声を聴いた西宮が石田の手を引っ張た反動で石田が落下、幸い落ちたところが川の中だった!しかし意識不明で戻ってこない。, 西宮は自分の行動で石田が傷ついたことを後悔した。土下座で石田の母親石田美也子(ゆきのさつき)に詫びた。病院に見舞いに来た植野は「なぜ傷つけた!頭の中でしかものを考えられないようなやつ!腹が立つ!」と西宮を蹴とばした。これを救ったのは石田の母だった。, 西宮は「石田君が築き上げたものを壊してしまった。私がもう一度取り戻したい!」と、皆に謝って廻った。しかし、植野が会おうとしなかった。しかし、このことは西宮を強くした。, 西宮は石田は生きて水門橋に来ると思っていた。石田も眠りのなかで同じように脳が働いていた。石田が目覚め、夜の街を走り、水門橋に駆けつけた!, 回復した石田は西宮を文化祭に誘い、かっての仲間たちに会った。川井は「まだ完成していない」と言い添え千羽鶴を石田に贈った。石田は「それで良い!」と受け取った。佐原は「石田君は大変だったが変わっていない」と声を掛けた。石田が「そうかな?」と応えると、植野が「そんな深刻な話はしてない!バカ!」。西宮が「バ・カ!」と怒った。, 石田は「みんなにお願いがある」と自分から仲間の中に入っていくことで、受け入れられることを知った。, 転校生とこの子を虐めた張本人を主題に、他の生徒たちを絡めて物語が展開されますが、どの生徒にも、良いとか悪いとかかでなく、愛情を持って描いてあるのが良い。植野の強い個性があってこそ、この作品が生かされていると思います。, お互いに失敗し、苦しみながら、相互理解していけばいい。絶対に弱い立場の人を傷つけるな!そして弱いということで卑屈になるな!すべては自分の心の持ちようで“心は開かれる”ことを教えてくれる作品でした。, 皆の心が解けていくなかで、長束と西宮の妹・結絃の存在が大きかった。特に結絃が石田に招かれて家族に会い、帰りに赤い傘と靴を貰って、その赤い傘で壁を作って石田の本心を聞き出すシーンは印象的でした。そんな石田に殴りかかる西宮の母親、本心を知ることの大切さを知ります。, アニメらしく誇張して、水や花・動物をメタファーに命の大切さを、そして空や夜、雨などの自然の変化、さらにキャラクターの動き(本作では脚)や音、音楽で繊細な感情を表現してくれ、はっとするような京アニ作らしい美しい映像に驚かされます!, こんなに精細な作品を世に送ってくれる京アニ社が、とんでもない事件に捲き込まれたことが残念でなりません。亡くなられた方々にはお悔やみを申し上げます。そして、すばらしい作品で再登壇される日を楽しみにしております。, matusima745さんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?, Powered by Hatena Blog 公式サイト:http://koenokatachi-movie.com/. 必要なときには、きっかけはちゃんとやってくると思うし、好き嫌いだけがすべてじゃない。 BFNにはこれを伝える映画をたくさん撮って映画史に名を残して欲しいと本気で願います!!, ネタバレレビュー、お待ちしておりました。 逆に言えば、西宮は今まで誰からも必要とされていない、と感じていたのでしょう。, それどころか、西宮は自分がみんなを不幸にしてきたと思っています。 結絃にしてみればコミュニケーションに試行錯誤する姉と恋愛感情に疎い石田との些細なすれ違いがおかしかっただけなのかもしれません。それまで、西宮はそもそもコミュニケーションを避けてきていた節もありましたし。, また、このシーンによって「この映画で恋愛関係は描きません!」と明示していたようにも思います。2時間とはいえ映画中で恋愛関係になるのは性急すぎるので、その後のプレゼントは活かしつつ告白そのものはほぼ無視した展開も私は好みでした。 原作を読んでいないこともあって、「なるほどそうだったのか!」と感心しきりです。 凄い救われた気になれます! その音を、真っ暗な中に差している小さな光で、視覚的に表しているのではないかと……, 前述したように、石田と西宮はとても似たことを考えてたにもかかわらず、コミュニケーションがうまくいっていませんでした。 必要なところは描く、想像の余地を残すところはあえて描きすぎない、このバランスで成り立っているため、モノローグのない映画だけでも重要なことはわかり、さらに原作を読んで初めて気づくこともあるという……ええと、とりあえず観に行って、原作も読んでください。お願い。, ↓以下はラストを含めてネタバレの限りを尽くしているので、鑑賞後にお読みください。少しだけ原作のセリフにも言及しています, ここでは石田の本質的な優しさがわかるだけでなく、「傘に隠れてお互いの顔が見えなくなってしまうけど、結絃が傘を上げて石田の顔を見る」ことで、結絃が「石田の人間性をちゃんとわかろうとしている」ことが示されています。, また、“雨があがったのに、結絃がその傘を差したまま帰った”のは、「傘を返しに行くという口実を作ることで、また石田に会おうとした」ということでしょう。, 「姉ちゃんがどーいった人たちの中にいて、どんな空気を感じていたか、知りたいだけ。知らなかったらいつか後悔するかもしれないから」, こういう気持ちが、映画では言葉にしなくとも「傘を差してくれた石田への対応」という形で、しっかりと表れているんです。, この石田が傘を差すシーンでもう1つ素晴らしいのは、終盤にある「西宮が植野に傘を差してあげる」ことと対になっていることです。, 石田と西宮は、じつは「お互いに仲良くなりたい」だったり、「自分のことが大嫌い」だったり、「自分のせいで大切な関係を壊してしまった」だったり、「自殺をしようとしてた」だったり、「なんとか笑ってはげまそう」としたりと、いつも同じようなことを考えています。 たとえば、原作2巻ラストの14話で、西宮の心からの笑顔を見た石田はこう思っています。, 俺は俺が嫌いだ。 映画「聲の形」を舞台挨拶のライブビューイング回で観てきました。心がざわつき、揺さぶられ、「自分は知らないうちに誰かを傷つけたりしているんじゃないか」「自分にも何か明日から出来ることがあるんじゃないだろうか」そんなことを自然と思い抱かせる映画でした。 その光の中には、もやのような2人の人物のシルエットも見えていました。, そしてその点だった光は、終わりに石田が周りの声を聞くようになり、みんなの笑顔を想像してから、パァッとスクリーンに広がりました。 ネタバレなしのレビューはこちらから↓ 聲の形とは聾者の発声「ご・め・ん・な・さ・い」「お・と・も・だ・ち」が健常者にどう受けとられるか、その形ということ。この受け取り方でいじめが起きる。 原作は大今良時さんの漫画「聲の形」。監督は山田尚子さん、長編映画3作目です。 時間は経ったけれど、石田は西宮の「ノートを通して仲良くなりたい」という想いに応えてくれたのです。, そうであれば、落ちてしまいそうになるノートを、西宮が自ら川にまでダイブしてまで拾おうとするのも当然ですよね。, 思えば、石田と西宮は作中で一度も「いじめ」という言葉を使っていません。 google_ad_client = "ca-pub-8948956009481946"; google_ad_slot = "5709384313"; google_ad_width = 300; google_ad_height = 250; しかも、「西宮が植野に傘を差してあげる」シーンは原作にあっても、「石田が結絃に傘を差してあげる」シーンは原作にはないのです。, つまりは、脚本家の吉田玲子さんは、石田と西宮が似た者同士であるということをしっかり理解し、原作にあった「西宮が植野に傘を差してあげる」シーンを見越して、「石田が結絃に傘を差してあげるシーン」を付け加えた、ということです。